1999年1月31日。その運命の日に、みちのく競馬の覇者は、中央競馬の歴史に名を刻むとともに、地方競馬の伝説となった…
―みちのくの軍神メイセイオペラ列伝その1

メイセイオペラ列伝
馬窓photo倶楽部
 1994年6月6日生。牡。栗毛。高橋啓(平取)産。
 父グランドオペラ、母テラミス(母父タクラマカン)。佐々木修一厩舎(水沢)
 通算成績は、35戦23勝(旧3-7歳時)。主な勝ち鞍は、フェブラリーS(Gl)、帝王賞(統一Gl)、南部杯(統一Gl)、マーキュリーC(統一Glll)、東北優駿(東北地方交流重賞)、みちのく大賞典(岩手重賞)3連覇、北上川大賞典(岩手重賞)連覇、シアンモア記念(岩手重賞)連覇、桐花賞(岩手重賞)、不来方賞(岩手重賞)。1999年NAR年度代表馬。

(本作では列伝馬の現役当時の馬齢表記に従い、旧年齢(数え年)を採用します)

『府中が揺れた日』

 1999年1月31日、日本最大にして最高の競馬場ともいうべき東京競馬場・・・府中の杜につめかけた約10万人の観衆が、大歓声に揺れた。この瞬間、彼らは日本競馬に新たな1ページ、そして歴史が刻まれる光景を目撃し、歴史の証人となった。

 彼らの視線と賞賛の先には、1頭の栗毛の牡馬がいた。メイセイオペラ・・・それが、そのサラブレッドの名前である。この日の彼は、日本競馬のレース体系の頂点にあるGlのひとつであるフェブラリーSを制したが、その彼は中央競馬の所属馬ではなかった。それまで長い間、中央競馬からは一段も二段も下がるものとして軽視されてきた地方競馬の所属馬・・・それも、地方競馬としては人気と実力においてトップとされ、地方競馬の盟主と自他共に認める南関東競馬の所属馬ですらない、みちのく岩手競馬の雄だった。そんな彼が、中央競馬の聖地ともいうべき東京競馬場に攻め上り、地方所属馬としては初めて中央競馬のGlを制したのである。

 競馬界では、過去においてもハイセイコーやオグリキャップに代表される「地方出身馬」がGlを制した例は少なくなかった。しかし、彼らはいずれも地方競馬から中央競馬に移籍した後にGlを制したのであって、地方競馬所属のままGlを勝ったわけではない。中央競馬に所属しない「地方馬」の場合、Glを勝つ以前に、Glに出走することさえ長い間厳しい制限をかけられていた。さらに、出走を果たしたとしても、今度は血統、環境とも圧倒的に恵まれている中央馬たちの厚い層に阻まれ、はね返され続けてきた。

 地方競馬の敗北だけで塗り固められた歴史・・・その繰り返しに終止符を打ったのが、この日のメイセイオペラだった。岩手競馬の雄・メイセイオペラ・・・その名は中央競馬に歴史として刻まれ、そして地方競馬に伝説として語り継がれることになった。そんな偉業を成し遂げたメイセイオペラとは、果たしてどのようなサラブレッドだったのだろうか。




『雑草のように』

 メイセイオペラの故郷は、北海道・平取の高橋啓牧場である。平取は、日本のサラブレッド生産の中心地として知られる日高地方の一部とはされているものの、門別、静内、浦河といった知名度の高い馬産地が太平洋沿いに広がっているのに対し、平取はかなり内陸に入った北側にあり、その意味で馬産の主流をやや外れた地域ということができる。メイセイオペラより2歳年上の1992年の生産馬から、96年の高松宮杯(Gl)、スプリンターズS(Gl)を制したフラワーパークが出たことで有名になったものの、当時は一般のファンには知る人も少ないマイナーな牧場だった。

 メイセイオペラの血統は、父グランドオペラ、母テラミス、母の父タクラマカン・・・というものである。一般的な競馬ファンならば、どれひとつ名前を知らなかったとしても不思議はない。岩手競馬で13戦2勝の戦績しかなく重賞とも無縁だったテラミスが知られていないのは当然としても、父、母の父とも彼ほどに知名度が低いGl馬は、近年ではなかなか見かけない。

 まず、メイセイオペラにとって母の父にあたるタクラマカンは、中央競馬で17戦7勝という戦績を残しているが、重賞勝ちはなく、主な実績はといえば、モンテプリンスが勝った宝塚記念で3着に入り、谷川岳S(OP)を連覇した程度である。世代的にはカツトップエース、ミナガワマンナらと同じ世代にあたるタクラマカンだが、アメリカ生まれの外国産馬だったために、クラシックや天皇賞はもちろんのこと、現在よりさらに厳しかった外国産馬への出走制限によって出走の機会を大きく制限された彼は、不完全燃焼のまま競走生活を終えただけでなく、「実績がない」ゆえに不遇の種牡馬生活を送らなければならなかった。

 タクラマカン産駒で、岩手競馬の2勝馬。・・・そんな血統と戦績では、繁殖牝馬としての魅力はほとんどない。テラミスの馬主だった小野寺良正氏は、テラミスが可愛がっていた義理の甥の見つけてきた馬であり、また彼自身にも、気性的な問題さえなければもっと勝てたという思いがあったことからテラミスを繁殖に上げようとしたが、周囲の競馬関係者からは反対の声しか挙がらなかったという。

 高橋啓氏の牧場がテラミスを預かることになったのは、当時高橋牧場の経営状態が上がらず、それまでの自己所有と子分けの繁殖牝馬を中心とする牧場経営から、確実な収入が期待できる預託馬中心の牧場経営に方向転換を図っていたためだった。自己所有や子分けの繁殖牝馬の場合、歴史に残る名馬をつくることで、大きな経済的利益を得ることができる。しかし、馬主からの預託馬として預かると、繁殖牝馬や子馬の所有権がすべて馬主に帰するため、そうした「一攫千金」の夢はあまりない。その代わり、牧場は繁殖牝馬の受胎、不受胎に関わらず安定して預託料を受け取ることができるし、さらに不受胎、あるいは売れ残りのリスクも馬主が負うことになる。つまり、高橋牧場が目指す経営形態は、収益を運に左右されない「ローリスク・ローリターン」の経営だった。

 高橋氏は、

「見た目も血統も目立たなかったけれど、1頭でも多くの預託馬がほしかった時期なので」

と認めている。他の牧場では見向きもしないような血統、戦績のテラミスをなんとしても繁殖入りさせたかった馬主の小野寺氏と、牧場の新しい経営形態を軌道に乗せるために、1頭でも多くの預託馬を探していた高橋氏の利害は、ここで一致した。客観的には期待できそうな要素が何もないと思われたテラミスだったが、彼女は高橋牧場で繁殖入りすることになった。




『三流血統』

 高橋牧場で繁殖生活を送っていたテラミスは、初年度はビーインボナンザと交配されてメイセイスプーキーを生み、次はグランドオペラと交配された。その結果生まれたのが、後のメイセイオペラである。

 グランドオペラという種牡馬も、タクラマカンやテラミス、あるいはビーインボナンザと同様に、当時は一般の競馬ファンまでは知名度がいきわたっておらず、マイナーな存在だった。

 グランドオペラの血統だけみると、父が最後の英国三冠馬Nijinsky、母がカナダ年度代表馬、米国最優秀古馬牝馬に選出されたGlorious Song、叔父に米国3歳(旧表記)王者Devil'S Bagがいるという超名血であり、さらに弟にも種牡馬として成功しているラーヒ、ドバイワールドCやジャパンC(国際Gl)を勝ったシングスピールがいる。・・・ただ、シングスピールが現れたのは後のことでもあったし、何よりグランドオペラ自身の成績が1戦未勝利では、さすがにお話にならない。

 グランドオペラは、その産駒で1991年生まれのアマゾンオペラが94年に南関東でデビューして7連勝を飾り、さらに95年の川崎記念を勝ったころから、地方競馬の関係者から注目を集めるようになった。しかし、メイセイオペラの配合がされた時期には、そうした事情はまだ発生していなかった。受胎した時だけ100万円という種付け料が、当時のグランドオペラの人気を顕著に物語っている。

 テラミスの配合相手にグランドオペラを選んだのも、馬主に過大な負担をかけないで、地方競馬で長い間楽しめるような子馬をつくるためだった。




『穏やかな時の中で』

 テラミスは、1992年6月6日に、後のメイセイオペラを産み落とした。ちなみに、1992年は元号表記だと「平成6年」になるため、メイセイオペラは欧州で「悪魔の数字」として信じられている「6−6−6」の生まれ・・・ということになる。

 もっとも、実際のメイセイオペラは、高橋氏の記憶に残るような大物感もなく、むしろ「どうしようか、と思うくらい体が小さかった」というマイナスの特徴の方が目立つ子馬だった。遅生まれのため、他の馬比べてどうしても小さく見てしまいがちなのかと思って成長を待ってみても、いっこうに大きくなる気配はなく、むしろ順調に成長する他の馬に差を広げられてしまう始末である。おかげで、小野寺氏に馬の成長ぶりを報告するとき、高橋氏は

「何をどうほめたらいいんだろう」

と考えこんだとのことである。

 そんなメイセイオペラが大きく変わったのは、2歳夏ころに門別の白井牧場に移され、昼夜放牧を経験してからだった。より野生に近い環境の中に投げ込まれたメイセイオペラは、その生活の中からこれまでになかった闘争心、そして素質を見せるようになっていった。成長したメイセイオペラを見に行った高橋氏は、おかげで白井牧場の人から

「この血統から、よくこんなのが出たね」

という、ほめ言葉なのかそうでないのかよく分からない評価をもらったという。

 このように、後にみちのくの軍神となるサラブレッドは、穏やかな幼年時代をすごしながら、静かに雄飛の時を待っていた。・・・そのころ、水沢競馬場で岩手競馬ファンを涙に暮れさせる「事件」が起こっていたことなど、幼き馬の身に過ぎない彼には、知る由もない。


[「その2」へ続く]

記:2003年11月25日 文:ぺ天使@MilkyHorse.com
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BGM:B.S.Bach作曲 (C)Hitoshi Uchida
 インヴェンション 13番
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