スーパークリークによって魅せられた人々が、日本競馬という大河の中を流れ続けている限り、スーパークリークもまた大河の中で生き続ける。
その1 |
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現在「日本競馬の危機」が取り沙汰されている。バブル経済崩壊以降、日本経済の全体が収縮の方向へ向かう中でも、中央競馬だけは新規のファン層を獲得し続け、不況知らずの右肩上がりで成長を続けたが、そんな幸福な時代は、いまや完全に終焉を迎えたと言わなければならないだろう。 |
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スーパークリークの生まれ故郷は、門別の柏台牧場というところである。柏台牧場は、現在は人手に渡っており、その名前を門別の地図から見出すことは、もはやできない。しかし、この牧場はもともと昼夜放牧を取り入れたり、自然の坂を牧場の地形に取り入れたりするなど先進的な取り組みを恐れない先進的な牧場として知られており、スーパークリーク以外にも、スーパークリークが生まれた1985年当時に既に重賞戦線で活躍中であり、1987年の宝塚記念(Gl)をはじめ重賞を8勝したスズパレードを出している。当時の柏台牧場は、繁殖牝馬の数も20頭前後を揃えた堅実な中堅牧場だった。 |
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しかし、「スタミナを生かす配合」と口で言うのは簡単だが、実践することは極めて難しい。一般にスピードは父から子へ直接遺伝することが多いが、スタミナについては、それを生かすための気性や精神力は遺伝以外の要素が大きいこともあって、当たりはずれが激しいからである。 |
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しかし、翌年生まれたナイスデイの子には、生まれながらに重大な欠陥があった。左前脚の膝下から球節にかけての部分が外向し、大きくゆがんでいたのである。 |
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記:2002年01月06日 文:「ぺ天使」@MilkyHorse.com |
| BGM:B.S.Bach作曲 (C)「Linten to Bach!!」 ブランデンブルク協奏曲第5番BWV1050より ロ短調アッフェトゥオーソ ※BGM不要の方はhttp://www.retsuden.com/vol34-00.html へどうぞ。 このページはInternet Explorer 4.0以上で御覧になることをお勧めします。SORRY, JAPANESE ONLY |