メジロライアン、それは人々の想いを競走馬としての力、そして種牡馬としての力に変える能力を持った、希有な馬だったのかも知れない―。
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その年のメジロ牧場では、一番の期待馬はリアルシャダイとシェリルとの間に生まれた牡馬(後のメジロルイス)だといわれていた。しかし、この馬は原因不明の故障で腰を痛めてしまったため、その後は馬体の素晴らしさで群を抜き、さらに重賞馬の半弟という血統の裏付けもあった「輝光(てるみつ)」が牧場の一番の期待馬といわれるようになっていった。この年メジロ牧場の育成場では、後に天皇賞・春(Gl)連覇をはじめとしてGlを4勝し、日本競馬史に残る名馬となった「オーロラの62」、また、一度は障害に回りながらも反攻の時を待ち、ついにはグランプリ連覇の偉業を達成した希代の逃げ馬「輝峰(てるみね)」といった馬たちもいたが、当時の評価は「輝光」には遠く及ばなかったという。 |
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もっとも、メジロライアンはその大柄な馬体ゆえに、その仕上がりは決して早い方ではなかった。調教は順調に進み、当初の予想よりも早く7月の函館開催でデビューすることができたものの、新馬戦を2戦走って2着、6着と勝てないまま、ソエを起こして放牧に出されてしまった。この段階ではまだメジロライアンの後の出世を予期できる者は、ファンはもちろん競馬関係者の中にもそう多くはなかった。 |
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[続く] |