―そして、大観衆の驚愕の中、謎の鹿毛馬はゴールを突き抜けた
その2 |
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ダイユウサクがデビューさえできずにもたもたしている間に、ダイユウサクと同じ年に生まれた馬たちによる1988年牡馬クラシック戦線は、皐月賞(Gl)がヤエノムテキ、日本ダービー(Gl)がサクラチヨノオーで決着し、春は終わってしまった。ちなみに、彼らの世代はレベルが高い世代として知られており、ヤエノムテキは2年半後に天皇賞・秋(Gl)も勝ち、また、春は不振に陥ってふるわなかったサッカーボーイも、秋には4歳にして初めてマイルCS(Gl)を圧勝している。 |
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一般的な見方をするならば、2戦続けてこれほどの惨敗に終わった馬を、よくもまあ引退させなかったものである。もっとも、地方競馬へ転厩しようにも、獲得賞金ゼロではさすがに引き取り手がないだろうから、引退させるとしたら「乗馬」にするしかない。内藤師もその可能性を真剣に考えたというが、厩舎でダイユウサクのあまりに澄んだ瞳を見ていると、なぜかついつい情にほだされてしまう。 |
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こうして内藤厩舎に残ることができたダイユウサクだったが、今度は別の問題が生じた。それまでダイユウサクを担当していた厩務員が退職したため、ダイユウサクの新たな担当厩務員を決める必要が生じていた。・・・だが、彼を担当しようという厩務員がいないのである。 |
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ここまでして現役生活を続けさせてもらうことになったダイユウサクだから、このまま勝てなければバチが当たるというものである。5歳になってからもしばらくはろくでもない成績が続いたダイユウサクだったが、この年の3戦目、通算5戦目となる新潟の400万下で、突然爆走した。12頭だての10番人気とまったく人気がなかった彼がいきなり1着でゴールに飛び込み、おまけに11番人気の2着馬を連れてきたため、枠連31640円の万馬券を演出したのである。これには内藤厩舎の人々も驚いた。 |
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記:1998年8月11日 5訂:2006年02月27日 |
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