―そして、大観衆の驚愕の中、謎の鹿毛馬はゴールを突き抜けた
その1 |
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1998年春、浦河にオープンした総合競馬観光施設「AERU」には、1頭のグランプリホースが繋養されている。そのグランプリホースとは、ファン投票によって選ばれたサラブレッドたちによる「ドリームレース」であり、また日本競馬の1年間を締めくくる年末の風物詩でもある1991年有馬記念(Gl)を、従来のレコードを1秒1縮める2分30秒6という脅威のレコードで駆け抜けて圧勝したダイユウサクである。彼が記録した有馬記念のレコードは、2003年にシンボリクリスエスが2分30秒5を記録するまでの12年間にわたって破られることなく、有馬記念のレースレコードとして輝き続けた。 |
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ダイユウサクは、1985年6月12日、門別の優駿牧場(現・待兼牧場)に生まれた。父のノノアルコは、世界的な種牡馬であるNearcticの子にあたる。Nearctic産駒としてはNorthern Dancerが圧倒的な知名度を誇っているが、ノノアルコも英2000ギニーなどGl4勝を含め10戦7勝という実績を残し、一流馬といっても遜色のない成績を残している。輸入前に欧州でも供用されていたノノアルコは、仏2000ギニー馬メリーノ、愛1000ギニー馬ケイティーズ(ヒシアマゾンの母)を出しており、日本に輸入されてからもGllを3勝したカシマウイングなど多くの重賞馬を出し、なかなかの成功を収めたと評価されている。 |
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生まれたばかりのダイユウサクは、牧場の人々に将来への期待を抱かせるに足りる存在だった。彼の馬体はバランスが取れており、たまたま馬を探すために優駿牧場に来ていた中央競馬の内藤繁春調教師が目をつけ、すぐに自分の厩舎で引き取るよう決めてくれたほどだった。内藤師は、ダイユウサクについて |
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こうしてみていくと、ダイユウサクが中央競馬でデビューできたこと自体、奇跡のように思えてくる。彼を預かることになっていた内藤師も、実際に成長した姿を見て |
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記:1998年8月11日 5訂:2006年02月27日 |
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